気象と花粉症状の発現
−スギ花粉飛散状況と花粉症状の発現および患者の受診動態−

「アレルギーの領域」(1998年5月号)Vol 5, No.5, 37〜43(医薬ジャーナル社)

要旨

 スギ花粉は飛散開始日以前にも少量の花粉飛散がみられ、それによって症状を発現する患者がかなり存在するが、この時期は飛散数と患者数は相関しない。飛散開始日以後は花粉の増加に伴って、症状を発現した患者や医療機関を受診する患者も増加し、個々の症状経過も花粉の増加に伴ってい悪化する。特に最初の大飛散日以後、症状も極端に増悪し、受診患者も急増する。医療機関を受診する初診患者数に影響するのは花粉飛散期間前半(3月中旬まで)の飛散数の増加であり、後半の飛散数の増加は初診患者の増加には結びつかない。

はじめに

 スギ花粉症は近年増加傾向にあり社会的にも注目されている疾患である。東京都が行った平成8年度のスギ花粉症実態調査では、その推定有病率は19.4%で10年前の約2倍に増加していることが示された1)。ここでは日本の代表的な花粉症であるスギ花粉症を取り上げ、東京都花粉症対策検討委員会の調査結果を中心に、花粉の飛散状況と患者の症状発現、医療機関の患者受診動態について、気象との関係にも触れながら解説する。

花粉飛散初期における症状発現

 スギ花粉が飛散する時期は地域によって異なるが、東京都においては主に2月から4月にかけて飛散する。花粉飛散の観測は一般にダーラム型花粉捕集器(落下法)によって行われ、1日の間にスライドグラス上に付着するスギ花粉の数が最初に1cm2あたり1個以上になった日を飛散開始日としているが、地域によっては飛散開始日以前に少量の花粉が観測されることがある。図1飛散開始日は1月2月の気温に影響され、暖かければ早くなり、寒ければ遅くなる傾向が見られる。東京都においては1月1日からの毎日の最高気温の積算値がおよそ450℃になると飛散が開始することが知られており、気温が平年並みに経過した場合その時期は2月中旬となる1)。しかし実際には花粉飛散開始日以前に多くの花粉症患者が発症していることが知られており1)2)3)4)5) 、臨床的には初観測日(1cm2 あたり1個に満たなくとも初めて花粉が観測された日)を重視する意見もある5)
 図1は平成3年春に東京都の5地区(千代田区、大田区、北区、調布市、八王子市)の耳鼻咽喉科8医療機関を受診したスギ花粉症患者2492名の発症日、受診日と花粉数を示したものである1)3)。この年の東京都の飛散開始日は2月21日であったが、それ以前にも、かなりの人が発症して医療機関を受診している。上の累積値のグラフを見ると飛散開始日には約25%の患者が発症し10%以上の患者が医療機関を受診していることがわかる。そこで本格的飛散となる前の2月24日以前のバーカード型花粉捕集器(体積法)による花粉数と発症患者数、受診患者数を比較したのが図2である1)3)。バーカード型で見ると、この年は1月からすでに花粉が観測されており、それに伴って発症患者、受診患者がでていることがわかる。また花粉飛散開始日前においては、症状の発症数と空中花粉数との間には全く相関が認められなかったとする報告4)があるが、東京都のデータでも飛散開始日前にはダーラム型の花粉数と発症患者数、受診患者数はあまり一致しないようである。いずれにしても飛散開始日はスギ花粉を観測し治療を進めて行く上でのひとつの目安であり、それ以前にも少量の花粉は飛散していることを理解しておくことが臨床的には重要と考えられる。
 また、飛散初期とはいえないが、特に花粉飛散が多いと予測される年には、前年の11月や12月の暖かい日などに発症して受診してくるスギ花粉症患者をみることがある。これは、その時期にも少量のスギ花粉飛散が観測されることが知られており6)その花粉により症状を発現しているものと考えられる。このような患者や飛散開始前に受診してくる患者は比較的治療によく反応することを経験するが、このことは花粉症治療における初期治療の重要性を示唆するものと考えられる。

花粉採集器の種類
ダーラム型花粉採集器 現在、日本で最も一般的に使用されている重力法の採集器で、7.6cm間隔で重ねて設置された2枚のステンレス円盤(直径23cm)の間にワセリンを塗ったスライドグラスを固定し、その上に落下付着した花粉をカウントする。
IS式ロータリー型花粉採集器 ダーラム型と同じ重力型の花粉採集器で、風で運ばれる花粉を効率よく捕捉するため、スライドグラスを45゜傾斜させて固定し、採集面が常に風上を向くように採集器本体が回転するようになっている。
バーカード型花粉採集器 一定量の大気(24時間で12F)を吸引し、その中に含まれる花粉を採集する体積法による採集器で、重力法による採集器より正確で、微量の花粉を観測することができる。(バーカード型による数値は千代田区と八王子市の2地点の合計)

飛散開始日から飛散ピークにかけての症状発現と受診動態

 東京都においては1月1日からの最高気温の積算値がおよそ450℃になると飛散開始になることを前章で述べたが、その約1週間後、積算温度がおよそ520℃になると1cm2 あたりの花粉数が10個を越え、600℃前後になると30個を越え、750℃に達すると花粉飛散のピークを迎えるといわれている1)
 飛散開始日以降は、開始日以前と異なり、発症者数はその日のスギ花粉数とよく相関することが知られており4)、図1をみても花粉数の増加とともに発症患者数、受診患者数が増えていることがわかる。発症者数と受診患者数を比較すると、受診患者数のピークは花粉数のピークとよく一致するが、発症患者数のピークはそれより5〜6日前にみられる。これは京都における調査2)ともよく一致している。1日20個以上の花粉飛散が発症に十分な花粉飛散量だといわれており7)8)、それは飛散開始日の1−2週後となることが多い。従って発症患者数のピークは飛散開始日から本格的飛散開始の間、特に花粉飛散の第一ピークの少し前にくることが多い2)と考えられる。ただし個々の患者についてみると発症時期に関しては個人差が大きく、図2その差は2ヶ月にもおよぶことが知られており5)、治療にあたってはそれを考慮に入れる必要がある。特に抗アレルギー薬の季節前投与をいつから始めるかを決定するためには、個々の症例について、例年症状がいつ発現するかを把握してそれを参考にする必要がある。
 この時期、花粉症の症状経過は累積花粉数の平方根と相関関係を持って高度化するといわれており5)、またその年の最初の大飛散日(1cm2あたり100個を越えた日)前後に医療機関への受診のピークがくる3)ことからも、この時期の大飛散日により症状の悪化が極端になることが予想される。従ってこの時期の治療では、症状がでた患者に対してはいかに早く症状を抑えるか、また季節前投与でコントロール中の患者に対しては、花粉被曝を回避するよう指導し、花粉のピークが終わる3月半ばまで、いかに症状の増悪を押さえるかがそのポイントとなる。
 以上のように飛散開始日から花粉飛散のピークまでの間は、症状の発現、症状経過、医療機関への受診状況のいずれもが毎日の花粉数や累積花粉数とよく連動する時期と考えられるので、特に毎日の飛散数の変化に注意が必要となる。飛散開始日以後の花粉飛散数はその日の気象に影響されることがよく知られている。花粉が多くなる気象条件は
(1)花粉の飛散が始まってから1から6ないし8週の間
(2)晴れて気温が高い日
(3)空気が乾燥している日
(4)都市部においては風が強く、風速に変化が大きい日
(5)前日が雨で(1)〜(4)の条件がそろう日
といわれている1)。(5)にあてはまる日は大飛散日となる可能性が考えられるので特に注意が必要である。

飛散ピークから飛散終了までの症状経過と受診動態

 図1からもわかるように飛散ピークまでにおよそ90%の患者が発症し、それ以降は発症する患者が急激に減少する。図3は都内5地区の耳鼻咽喉科を受診した患者数とその地区のダーラム型による花粉数を週ごとにまとめて比較したものである1)3)9)
 3年とも飛散数の最初のピークは3月の第1週であり、その週に初診患者数も最大となっている。平成2年と4年は飛散数の違いはあるが、飛散パターンは同じ1峰性で、患者の受診動態も総数の違いはあるがパターンは同じである。初診患者は飛散開始日あたりから増加し始め、花粉のピークで最大となりその後急速に減少する。再診患者は初診患者に1〜2週遅れて最大となり、その後緩やかに減少して4月最後の週でもピーク時の1/3程度の受診者がみられる。ただし4月になると受診患者の症状はかなり軽くなっている。
 多峰性の飛散パターンであった平成3年も、初診患者のピークは飛散数の最初のピークと一致して3月の第1週であり、飛散数が最大であった第2のピークや第3のピークでは初診患者の増加はあまりみられない。一方再診患者は飛散数の最大のピークに一致して最大となり、4月最後の週でもピーク時の2/3近くの受診者がみられた。図3
 以上のことから花粉飛散期間後半にみられる花粉数の増加は初診患者の増加には結びつかず(再診患者は増加する)、医療機関を受診する初診患者数に影響するのは花粉飛散期間前半(3月中旬まで)の花粉数の増加であることがわかる9)
 花粉飛散ピーク以後の治療に関しては、症状により薬剤の減量を行ってもよい時期と考えられる。前項の花粉が多くなる気象条件を考慮しつつ投与量、投与回数を減らすことも可能になる。
 この時期は特に雨の影響により症状が早く収束する傾向がみられる。雨と花粉飛散数の関係は、朝から雨が降るような状況では飛散数は少なくなるが、雨の降り出しが遅い場合には上空に舞い上がった花粉が雨とともに地表付近に落下してくるため、雨の降り出し直後に多くの花粉が観測されることがあるといわれている1)。実際この時期に午後から雨が降りだした日などは、花粉が観測されているにもかかわらず患者の症状が悪化しないことを経験することがある。これは一つには雨により、特に都市部で問題となる花粉の再飛散が防止されるためと考えられるが、このような状況では観測される花粉が比較的多くても、地表付近で花粉が停留している時間が短いため患者に与える影響が少ないためとも考えられている1)

おわりに

 花粉症はアレルギー疾患の中でも抗原がはっきり特定されており、その症状発現時期も比較的予測しやすい疾患である。しかし個々の症例を検討すると、その症状発現や経過は個人差が大きく不明な点も多い。スギ花粉症については、飛散数と症状の関係や気象と飛散数の関係がかなり解明されつつあるが、今後さらに気象と花粉飛散と症状発現の関連を詳細に明らかにすることにより、より効果的な治療が可能になるものと期待される。

参考文献
1)東京都衛生局医療福祉部環境公害保健課:花粉症対策総合報告書、東京都、1998
2)出島健司、他:スギ花粉症と花粉飛散についての検討.アレルギー41:1405-1412,1992
3)西端慎一、斎藤洋三:花粉症患者の実態調査成績.JOHNS10(3):287-296,1994
4)平 英彰、他:スギ雄花の花粉飛散特性とスギ花粉症患者の発症との関連性について.アレルギー44(4):467-473,1995
5)馬場廣太郎:花粉症の初期治療法.Modern Physician16(2):159-162,1996
6)平 英彰、他:季節はずれのスギ花粉飛散について.アレルギー41:1466-1471,1992
7)奥田 稔、他:スギ花粉症に対するトラニラストの季節前投与による予防効果.耳展30  (補3):219-243,1987
8)久松健一:花粉症に対する抗アレルギー薬の予防的投与法.アレルギーの臨床7:95-99,19879)西端慎一、斎藤洋三:スギ花粉飛散状況とスギ花粉症患者受診動態.Modern Physician   16(2):145-150,1996